窓から見える景色は電車の速度に相対してあっという間に流れていく。
通りに規則正しく並ぶ樹木を数えるのにも飽き、何気なく手元の時計に目を落とす。
2時少し前。とても、彼との待ち合わせには間に合いそうに無かった。
はぁ、と溜息をつくと、窓のふちにひじを置いて、再び流れる景色へと目を移す。
遅れた原因は私にはない、と思う。いや、思いたい。
やっとのことで警察から解放されたのは、つい5分ほど前。
お礼を言う女性を必死に引き剥がし、急いで電車に駆け込んだのも、つい5分前。
助けた私にも原因があるのかもしれないが、自分もあんな目に会っているだけに、
その女性の心情は察することが出来た私は、どうしても見捨てることが出来なかった。というか、むしろ助けて当然だ。
しかし、元はと言えば、あんなことをした変態が悪い。
あのメガネの変な男性を、私は心底憎んだ。
時間としては1時20分頃、三つほど前の駅だっただろうか。
その時電車の中はやけに込んでいた。
近くに著名な歌手のコンサートがあるらしく、丁度その団体さんとぶつかったらしい。
その程度だったら別に問題ないのでは、と思うだろうが、それだけではなかった。
急に混んだ車内のうち、たまたま隣に居た女性の持っていたカラフルなパンフレットを見ると、
どうやらこの近くでアイドル歌手のコンサートがあるらしい。
・・・なんてミーハーな。それに、なんて運の悪い。
っていうか、どちらも7時前開場なのに、何故いまから行く?
聞こうと思っても、聞けるものじゃないし、とりあえずは胸のうちにしまっておく。
はぁ、なんて運の悪い。
この近辺にある大きな会場といえば、終点近くに丁度ある。
して、私が降りるのは終点の10手前、今通過した駅から数えて3つ目。
・・・降りるまで一緒か。
心の中で重く溜息をつき、見ていたら気が滅入るように混む車内からたんたんと流れる景色へと目をそらす。
がたことと電車の線路上を通る音と、隣の男性のイヤホンから漏れてくる軽快な、しかし私にとっては不快な音をバックミュージックに、
5分ほどたったあたりだっただろうか。
ふと、何か変な声が聞こえた。
電車が揺れる音はそれなりにでかかったし、混雑しているせいでよくは聞こえなかったのだが、耳を澄ませてみると、確かに聞こえた。
ん、と誰かが身じろぐ音と、布がすれる音。
なんとか方向を特定し、そちらへ目をやると、そこにはメガネを掛けた如何にも大人しそうという形容詞が似合いそうな女性と、
その背後に立っている、これまた変態としか言いようのない黒いメガネをかけた男性。
物腰の柔らかそうな女性は嫌な顔を、変態は変な笑みを浮かべていることから、これは確実に痴漢に違いない。
・・・ほんと、二度も痴漢に遭遇するなんて、私は呪われているのだろうか。
頭が痛くなるような出来事に思わず額を押さえるが、こうしている間にも女性の方は嫌な思いをしているに違いない。
多分男性は彼女が悲鳴を上げられないとわかっていてしているのかもしれないが、私に気がつかれた時点でこいつの人生は終わっていた。
おそらく次の駅で降りる算段なのだろう、嫌な笑みの上に余裕の笑みを上書きしている。
そうは行くか、と周りの人ごみを避けつつ、変態に気が付かれないように、横から近づき、
「ちょっとアンタ。少しいいかしら?」
と、今まさに触っていたそいつの右手を、つかみ、笑顔でそういった。
「あ、ありがとうございました!!
ほんとなんていって良いのか・・・」
「いや、いいですから顔を上げてください、あれぐらい当たり前ですよ。」
先ほどからぺこぺこと頭を下げてくる女性に、私も頭を下げながら引きつられて物腰を低くして答える。
あんなことをされたのは初めてだったらしく、混乱し、怖くて何もできなかったそうだ。
あんなことをしてくるやつなんて早々いないと思うし、まさか自分がそんな被害に遭うとは思っても見ないだろうから、
しょうがないと言えばしょうがないと思うが、もう少し勇気を出してくれても良かったと思う。
でも、十人十色、人それぞれ性格は違うんだし、私と同じって考えては可哀想か。
それでも、と頭を下げてくる女性に、私も同じようにぺこぺこと頭を下げてなんでもないですよ、と言う。
件の犯人はなかなか白状しなかった私のときの犯人とは違い、少し私がすごんだだけで罪を認めた。
そのおかげで警察が来てからも円滑に取り調べは進み、現在は警察署にて取調べを受けている。
私に対する質問も粗方終わり、時計を見ると既に待ち合わせの時間はとっくに過ぎ去っている。
あわてて待ち合わせ場所に向かおうとするが、彼女はよほど助けてもらったことに感謝しているのか、どうしてもお礼を、と話してくれない。
しかし、私にとってはアイツとの待ち合わせのほうが先である。
必死に学生ですから、とか、親がそういうのはダメだって!とか、必死にごまかした結果、
およそ3分30秒をかけて説得を完了、丁度出発しようとしていた電車に駆け込んだ。
空気が抜ける音とともにドアが開くと、私は出口へと駆けていく。
あいつは待っていてくれるだろうが、既に待ち合わせの時間はかなり過ぎてるし、なるべく急がなければ。
じっとしていると酔ってしまいそうな人ごみの中から、あいつの姿を探す。
この人ごみだとなかなかみつかりそうにないな、と思った途端、噴水の近くであいつの姿を確認する。
なんか電車の中の出来事ですっかり疲れてしまったが、あいつの顔を見るとほんとにほっとする。
すっと息を吸い込み、大声であいつに声をかけると、そのまま走ってあいつの元へと向かう。
「お待たせ、シンジ!!」
「遅いよ、アスカ。」
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