極限状態で愛し合ったものは別れる。
なんでもない日常で出会いたかった。
そう、思う人に対して。
極限状態で出会うしかなった人は、どうすればいいと思いますか?
全てが消えてしまえばいいのにとさえ思った。
単機では4体、チームを組んでの作戦でも多くの戦果を上げたファースト。
私と同じ経歴におおよそ同じ戦闘能力を持ち、同時に来日。しかし、私以上の戦果を上げたセカンド。
それに対し、弐号機単体では一度だけ。しかも当初の捕縛という作戦を変更しての殲滅という、
ほかのチルドレンに比べれば小さな戦果であり、自然と評価も分かれてくる。
だから、ファースト、それにセカンド。この二人がいれば、大抵のことは事足りる、サードなんていらないのでは?
人類を救う鍵、エヴァのエースパイロットとまで呼ばれた私が、一番足を引っ張っているなんて。
本当に、情けない。
いや、最初からエースパイロットでさえなかったのかもしれない。
たとえ実力はあっても、戦果を上げられなければ宝の持ち腐れ。
世の中、全ては結果なのだ。特にこの使徒戦は世界の今後を運命するものであり、
どれだけ被害が出ようとも、どれだけ損失が生まれようとも、使徒を殲滅できれば、結果が出ればいい。その他は二の次だ。
その世の中のルールに、私はついていけなかったのだろう。
だから本部の人間の私に対する風当たりは悪いし、一時期最高を誇ったシンクロ率も落ちる一方。
ユニゾン訓練を通じて仲良くなったファーストは、ただ敵視していたころよりは仲がよくなった自信があるが、
セカンドはドイツ支部にいた頃から馬が合わなかったし、常にライバルのような関係にいたあいつは私との差が広がるたびに、
私を見下し、馬鹿にしていることも腹が立つ。
それに加え、あいつは、私の友人であるヒカリが乗っていた3号機を、わざわざ見せ付けるかのように、細部まで破壊しつくした。
3号機を乗っ取っていたのは細菌状の使徒であるから、使徒を殲滅したというその判断自体は正しいのだろうが、その際、彼女が乗っているエントリープラグをも、破壊した。
パイロットが乗っていると知らされていたのに(しかも、誰が乗っているのか知らなかった私と違い、誰が乗っていたかを知っていた)、
何の配慮もなく、何のためらいもなく、中央から半分に握りつぶしたのだ。
残骸と化したエントリープラグから出てきたヒカリはまだ息が合ったが、既に助かる見込みはなく。
その場で弐号機を乗り捨てて駆け寄った私の目の前で、最後まで意識を取り戻すことなく、ヒカリは死んだ。
その後、パイロット待機室であいつを見かけた時、何故助けようとしなかったのか、と問い詰めた所、
「司令は3号機を使徒に指定、殲滅を命じただろう?
なら、あれに乗っていたパイロットも含めて使徒。
助ける義務なんて無いし、当然の事をしたまでだよ。」
いつもの馬鹿にしたような張り付いた笑顔で、さも当然と何の罪悪感も感じていないそのセリフに、私はかっとなり、
気が付くとアイツは床に尻餅をつき口から流れる血を拭い、私は諜報部から取り押さえられていた。
あいつの顔にはあちこち傷があり、それらをすべて自分の手でつけたことは、右手に握ったこぶしの痛みから察することができた。
どうもあいつはサードから暴行を働かれている、と通報したようで、たとえ私がやったことが倫理的に正しくとも、
実際は相手に被害を与えているやってはいけないことのひとつなわけで、私は拘束されることになった。
拘束されることになっても一応チルドレンとしての義務は残るため、比較的短い拘束期間になる。
ほぼ形だけの取調べに取調官としてたったのはミサトで、まだヒカリが死んだというショックから完全に立ち直ったとはいえない
私の心中を察してくれたのか、一週間の拘束、とだけ伝え、部屋を出て行った。
拘束室は、怒りで煮えたぎっていた頭を冷やすのに、ちょうどよかった。
ヒカリを直接、その手で殺したのはセカンドだが、ヒカリを死なせてしまったのは私なんだと、私は自覚していた。
あいつと、私の力量に対して差はない。なら、あいつみたく、使徒を殲滅して、エントリープラグをつぶさずに、ヒカリを救うことだって出来たはずなのに。
訓練もあいつより精力的に取り組んでいるし、シンクロ率は下がっているが、あいつと模擬戦をして、負けるはずがない。
今回の作戦ではあいつが先行だったが、ミサトに取り合ってもらって、私が先行に出れば、助けられた筈なのだ。・・・
考えれば考えるほど、ヒカリを助けられるチャンスは、いくらでもあったのに、それを選ばなかった自分が情けなく、苛立たしくもあった。
何故、何故、何故と、いくらでもある時間は思考を答えのない迷路へと導いていく。
これだけ大きな、強い力があって、使徒から多くの人を守ってきたのに。
何故、こんなに身近な人、しかも、初めてできた友達を、助けることができなかったんだろう。
強い力を持つ人間こそ、身近な人間を助けることはできないという。
一人の人間と十人の人間のどちらを助けるかと問われたら、その一人が自分にとってどんなに大切な人だろうと、十人を選ばなければいけない義務がある。
守りたいものがなかった昔の自分にとって、その選択肢はあってないようなものだった。当然の考えだと、思っていた。
しかし、それらを得た今の私にとって、その事実が、これほどまでに恨めしい。
・・・そして、なんて、不甲斐ないのだろう。
拘束室に入っている間、考えていたのはそのことばかりで。
結局、思考はそのことばかりで、わかったのは自分の力の無さを改めて痛感しただけで。
頬を伝った涙は、握り締め過ぎて赤くなった両手に流れ落ち、僅かな冷たさを感じさせた。
救う力が無くても、自分の及ぶ範囲で大切なものを守っていこうと、
暗い思考と共にそう決意し、拘束室から出てきて早々、使徒が襲来した。
本部にたまたまいたレイとすぐさま対応に回ったが、重火器類をまったく受け付けない使徒に私たちはなすすべもなく、
私は両腕と首を吹き飛ばされて、レイはN2爆弾を使って特攻したが、それでも弱点たるコアにはダメージを与えられないまま、
爆風の直撃を受けて、敗退。
そんな今まで出最も強い使徒を最終的に倒したのは勿論セカンドで、手も足も出なかった私たちと違い、発令所を襲おうとした瞬間に壁を突き破って登場し。
正にヒーローとでもいったらいいかのような行動で、そのまま使徒を殲滅。
その後の使徒もほとんどアイツが殲滅し、又、ネルフ内でのあいつの株が上がった。
あいつは私みたいに猫を被るのがうまいから、そのいつもにこやかな性格が尚更評価を吊り上げる。
私がしたことと言えば、第16使徒を巻き込んで爆発しようとした零号機からレイを救出したことぐらいだろうか。
ぐらいといっても、私の中では使徒を殲滅したことよりも大きい戦果だと思っている。
軽く見捨てようとした、あいつの思うままにことが進むのは癪だったから、というのも確かにあるが、
ヒカリの時みたいに、又友達を失うのは嫌だったから。
「どうして、・・・私を助けたの?
・・・私には、幾らでも代わりがいるのに。」
そう、いつもの様になにを考えているかわからない言葉を、不思議そうな顔で尋ねてきた。
だから私は。ありきたりで、聞いてる方が恥ずかしくなるようなセリフを笑いながら。
「何言ってんの。
パイロットに変わりはいても、私の友達に代わりはいないわよ。」
一瞬きょとんとしたレイだったが、言葉の意味をかみ締めてから、そっと笑い返してきた。
中は前より仲良くなった気がするが、それでも私がネルフという組織にとって役に立たない存在であることに変わりはない。
前と違うところは、今まで空虚だった所に、何が充足したものが満ちていること。それだけ。
でも、私の一部分であったパイロットとしての誇りは砕け散り、あいつへの憎しみが消えたわけではない。
相変わらず本部の風当たりは悪いし、アイツの私に対するいやらしい態度にむかつくことは日常茶飯事。
シンクロ率は落ちていく一方で、訓練は無くてもあっても同じようなもの。
そんな、別にいらない存在だから、もう死んでもいいんじゃないか、と思っている。
そんなことを自嘲しながらミサトに漏らすと、必要な人材だと言ってくれたが、
所詮、ネルフには数合わせてきな要素にしかあるまい。
レイに代わりはなんていない、と死ぬ寸前から救った手前そんなことを本人には言いにくいが、私の心象はそんなところ。
それに加え、今度ドイツからエヴァと共に新しいチルドレンが来ると聞いて、その想いはほぼ確信に変わった。
セカンドに私、言っては悪いがレイも、正直碌な奴が居ないチルドレンだから、今度来るフィフスもどうせ変な奴だろうと。
そんな事を思いながら、エヴァ専用キャリアーで運ばれてくる初号機を、眺めていた。
今までいたチルドレンで、誰も動かせなかった初号機をシンクロした、フィフス。
昔の私なら嫉妬やライバル視したかもしれないが、正直エヴァなんてどうでもいい、とまで思ってしまっている今の私に、フィフスがどんな奴だろうと関係ない。
たまたまフィフスが機体から降りてくる所をみて、どんなやつなのか見てやろうと、遠巻きから見ていたら、フィフスと思わしき人物は、何故かこちらに歩いてくる。
又セカンドみたいに、私を馬鹿にしにでもくるのか。多分、今まで誰も動かせなかった初号機を動かせたことを鼻にかけているのだろう。
セカンドみたいなやつだったら思い切り引っぱたいてやろうと。そう身構えていた所に、あいつは来た。
「君がサードチルドレン、かな?」
濡れているかのような黒髪に、黒い瞳。
細い体ながらも、しっかりとした足取りに、自然と笑みが浮かぶ唇。
そして、その優しさがにじむような表情に、
「フィフスチルドレンの、碇シンジです。
・・・よろしく。」
困ったように苦笑するその表情に、私は何か惹かれるものを感じた。
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