右を見ても左を見ても、そこには人ごみばかりで自分が探すものは見つからない。
前後を確認しても、目標の人物は居ない。
上か、と空を見上げても、空を飛ぶ人間なんぞ居るはずも無く。
じゃあ下か、とアスファルトの地面と睨めっこしても、人間はおろかもぐらだってこの人口の地面を突き破って出てきたリしない。
ここまで探していない、ということは、多分、待ち合わせの相手はまだ来ていないのだろう。
早すぎたのか、と最近買ったばかりで卸したてのジーンズのポケットから携帯を取り出し、開く。
面倒でそのままにしてある初期設定のままの待ち受けとカレンダーとともに表示された時間は二時丁度。
おかしいなあ、と言いつつ、メールの欄を開き、彼女と交わしたメールを見ても、確かに待ち合わせは二時となっている。
いつも待ち合わせ10分前に来て、後から来る僕に文句を言うことが定例となっているぐらい、時間には厳しい彼女が遅れるとは、
何か変な事件にでも巻き込まれたのか、と昔からトラブルメーカーである彼女を心配する。
しかし、彼女の身体能力や性格の事を考慮すると、さしたる程重要な用件でもあるまい、と考える。
なんせ、痴漢でもしようなら逆にやり返しすぎて、あやうく訴えられる寸前だったのだ。
その時はなんとかお互いに妥協(彼女の仕打ちに対する、ということであり、痴漢の行為自体はちゃんと訴えた)、ということで譲ったが、彼女は不満たらたらだった。
やられた方からすれば気はすまないだろうが、流石に骨を折って、うずくまっている所をげしげしと蹴るのはやりすぎだ。
まあ、僕はその犯人が可哀想だとは欠片も思っていないが。
何で、と言われたらそれはもう、彼女に不埒な行為をするなんてなんて恐れ多い、としか言いようが無い、・・・のだろうか?
・・・・・・本音を言えば、僕も一緒に蹴ってやればよかった、というのが本音。
つまりは、嫉妬だ。
僕も彼女も、付き合っている、というより惰性で会ってる異性の友達に近い。
実際、彼女はそう思っているだろうし、僕もそう思っていた。
しかし、最近、こう、もやもやしたものが心を占めている。
風に流れる砂金のような髪に、美しい海ように澄んだ蒼い瞳。
昔から綺麗だったが、大人に近づくにつれ更に美しくなっていく彼女。
前述の通り、性格は褒められたものではないが、自分達の間ではかって知ったものだし、僕はむしろ、彼女らしいと思う。
もう少し落ち着いたほうがいいとか、おしとやかな方がいいとよく言われるそうだが、
部屋の隅の椅子にじっと座って本を読んでいたり、優雅に午後の紅茶を楽しんだり、大和撫子のようなアスカなんて、正直想像つかないし、想像したくも無い。
ごろごろとしながら本を読み、少し落ち着きの無い方が彼女に合ってるし、僕もそんな活動的で明るい彼女だからこそ、今までの関係を続けてこれたのだと思う。
そんな彼女だからこそ、僕は好きになったのだと思う。
今すぐ、告白するつもりは無い。
彼女が他に好きな人が居るというのなら、僕はこのまま友達の関係で良いと思う。
こういってしまってはおしまいだが、人生は長い。
今はまだ18を少し過ぎたくらいで、60年近く残っているのだから、少しの回り道くらい、どうってことない。
誰かの為に笑っていたとしても、それが彼女の幸せであるなら、それでいいと思う。
でも、と。
それが出来れば、自分に向かっていればな、と、僕は願う。
都合が良いことはわかってるけど、それでも。
今すぐするつもりはない、といっても、そのために準備は進めてる。
いつか彼女に送る為に、お金を貯めてはいる。
それがいつになるか、なにを送るのかはわからないけど、いつか。
彼女と幸せな日々を送れたら良いなと、願いつつ。
多分に話がそれたが、とりあえず、僕はこのまま彼女を待つことにした。
携帯を水の中に落としたそうで、今日はその買い替えについていくことになっている為、携帯に電話しても出るわけが無い。
もう10分もすれば、彼女はきっとそこらの人ごみから僕を見つけ、こちらへ慌てて走ってきながら大きな声で話しかけてくることだろう。
僕は止むことの無い人ごみから空へと視線を移し、ぼうっと雲が流れて行く様を眺めてた。
「待つのは、退屈だな・・・」
なんとはなしに呟いた言葉は、透き通る秋空に吸い込まれていった。
「お待たせ、シンジ!」
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